目次
結論:ロック系のベースは生演奏するメリットが大きい
結論からいうと、次の2条件に当てはまるベーストラックの場合、ベースを打ち込みから生演奏に差し替えたほうが断然良いトラックが得られる。
- 同音連打が多い
- スライドが多い
具体例を挙げてみる。ロック系の楽曲で、ピックでゴリゴリ弾くようなベースの場合、生演奏の価値はかなり高くなる。たとえベースの演奏経験がない人であっても、ベースを買ってきて宅録をするメリットは大きい。
ここからは、実際にデモ音源を交えつつ、生演奏のベースのメリットを考えていきたい。
生演奏 vs. 打ち込み:比較用デモ音源
生演奏ベースと、打ち込みベース。それぞれ全く同じフレーズで比較音源を作ってみたので参考にしてみてほしい。
指弾きで比較
生演奏ベースの指弾き音源(オケあり)
生演奏ベースの指弾き音源(ソロ)
打ち込みベースの指弾き音源(オケあり)
打ち込みベースの指弾き音源(ソロ)
4つ打ちのビートに乗せた、ファンクっぽい演奏となっている。
生演奏のベースの方は、音の躍動感が断然高い。ピッキングのときに指に弦が当たる音や、音をミュートするために弦に触れたときの音。こういった要素が、気持ち良いグルーヴにつながっている。※ソロにして聴くとそのことがよく分かる。
打ち込みのベースの方も健闘している。生っぽさはもちろん薄れるものの、ダイナミクスが均一な分、ある意味聴きやすいといえる。今回のような4つ打ちのダンスっぽいリズムに乗せて、こういった動き回るタイプのベースラインを鳴らすのであれば、打ち込みでも様になると思う。
ただし、生演奏のベースよりも情報量が少ない分、(歌の入っていない)オケだけを聴いていると物足りなく感じることもありそう。
ピック弾きで比較
生演奏ベースのピック弾き音源(オケあり)
生演奏ベースのピック弾き音源(ソロ)
打ち込みベースのピック弾き音源(オケあり)
打ち込みベースのピック弾き音源(ソロ)
リズムはさっきと一緒だけど、ベースはロックっぽい演奏に変わっている。
生演奏のベースは、音の躍動感や自然さで、打ち込みのベースを大きく上回っていることが分かる。フレーズのつながりがスムーズで、音楽的な熱量の高さを感じる。
一方で打ち込みのベースの方は、1小節目のEの同音連打の部分などが、かなり機械的になってしまっている印象。
4つのラウンドロビンを搭載しているTrilianのサンプルでさえ、この手の同音連打フレーズは生演奏には及ばないことが分かる。
デモ音源の詳細
録音方法
生演奏のデモ音源の方は、ジャズベースタイプの楽器を使用している。ベース本体を、オーディオインターフェイス RME Fireface UCX II に直結して録音。※今回は外部のDIやマイクプリアンプは一切使用していない。
打ち込みベースの方は、 Spectrasonics Trilian を使用。
ミックスでの音処理について
ベーストラックは生演奏・打ち込みともに、サチュレーターに突っ込んで結構歪ませている。その他には特別な音処理はしてない。通常ミックスダウンにおいて使用されるエフェクトである、EQ・コンプといった標準的なエフェクトを掛けている。
参考までにベースに掛けたプラグインを列挙すると、
1. iZotope RX Spectral De-noise(ノイズ除去)
2. Arturia Comp FET-76(コンプ)
3. Soundtoys Decapitator(サチュレーター)
4. oaksound soothe2(ピーク抑制:生演奏トラックのみで使用)
5. FabFilter Pro-Q 3(EQ処理)
というエフェクトを使用している。
Arturia Comp FET-76
Soundtoys Decapitator
生演奏のベースの4つの長所
長所1:同音連打のフレーズに強い
前述のピック弾きのデモを聴いても分かるが、打ち込みのベースは同音連打に弱い。言い換えると、生演奏のベースでは、同音連打を演奏する価値が高いということだ。
8ビートなロックのルート弾きフレーズのように、同音連打が続くような演奏の場合、生演奏のベースは圧倒的に有利だ。同音連打が続けば、演奏も簡単になるという副産物もある。
同音連打が多いフレーズの場合、打ち込みを生演奏に差し替えるメリットは大きい。
長所2:スライドやグリッサンドの表現を入れやすい
スライドやグリッサンドを自由自在に入れられるというのも、生演奏のベースの魅力の一つだ。
前述の指弾きのデモにおける、4小節目・8小節目のフレーズのようなスライドを駆使したフレーズは、打ち込みのベースが苦手な分野の一つといえる。
指弾きのデモでは、
- 3拍目の裏:EからF#へのスライドアップ
- 4拍目:Bで半拍ほど伸ばしてからのグリスダウン
というフレージングを行っている。
3拍目裏のスライドアップは、Trilianを含む多くのベース音源でも一応可能ではある。しかし、4拍目のグリスダウンは難しい。任意のタイミングでグリスダウンを始める……というのが、大半のベース音源では実現するのが難しいからだ。
総じて、音楽的に自然な演奏を目指す場合、スライドやグリスを打ち込みで表現するには限界があるといえる。
長所3:音に存在感がある
今回用意したデモ音源には、ドラムとベースだけが含まれている。このような少ないパートで構成されている音源の場合、各々のトラックの「音の存在感」が重要になってくる。
J-POPのアイドルソングのように、トラック数を詰め込むタイプのアレンジであれば、ベースは打ち込みでも気にならないだろう。しかし、近年流行しつつあるのは、洋楽的なトラック数が少ないタイプのアンサンブルだ。
少ないトラック数で音楽を作る場合、生楽器が一つ入ることで、音楽に深みが増すことを実感できるはずだ。
長所4:高音域のフレーズでも低域が豊か
音質面の話だが、生演奏のベースは、高音域(=ハイポジション or ハイフレット)を演奏していても低域が豊かに鳴ってくれる。これは意外と見逃せない、生演奏のベースの利点だといえる。
打ち込みのベースの場合、僕の感覚では、だいたい3弦(=A弦)10フレット以上の高さの音だと、ボトムを支えるという役割に乏しくなってきてしまう。そのため、打ち込みベースの高音域は、あくまでもフィル・イン的に利用するという発想に落ち着いてしまいがちだ。
一方で生演奏のベースの場合、多少ハイポジションで演奏しても、十分な低域が確保できる。ボトムを支えるために低音域を演奏しなくとも、たとえばA弦10フレットあたりの、高音域の音を軸にベースラインを組み立てるような可能性も見えてくる。
生演奏のベースの豊かな低域(~中低域)は、フレージングの制約を取り払ってくれることにつながる。
ベースを宅録するメリット4つ
1. 必要な機材が少ない
ベース本体とシールドを買ってくる。オーディオインターフェイスのHi-Z入力に直結する。これだけでベースの録音は可能。いわゆる「DIサウンド」が得られる。DIサウンドはプロミュージシャンのベースレコーディングにおいてもほぼ必ず録音され、たいていは完成音源にも収録されることになる、いわばベースの本体となるようなサウンドだ。
ベースの録音では、歌のようにマイクを用意したり、ギターのようにアンプシミュレーターを用意したりする必要はない。他のパートよりも手軽に録音できる楽器といえるだろう。
2. 必要な知識がさほど多くない
例えばエレキギターを楽曲に取り入れようと思った場合、
- ギターアンプの知識(アンプの選定・音作り・マイキング)
- ジャンルごとの音色の知識(クリーン・オーバードライブ・ディストーション)
- 奏法の知識(ストローク・カッティング・ブリッジミュート・アルペジオ)
といった知識が必要。
一方で、ベースはこういった細かいことを考えなくてもよい。オーディオインターフェイスのHi-Z入力にベースを差し込めば、そのまま使える音が録音できる。
※ただし、より良い録音をするためには、DIやマイクプリにこだわる必要があります。
3. 演奏が簡単(初歩的なプレイの場合)
こんなことを言うと怒られるかもしれないが、初心者の人がそれなりに聴けるレベルの演奏になるまでの期間は、他の楽器と比べればベースが最も短くて済む。理由は、ベースという楽器の学習曲線が、早熟型(負の加速曲線)になっているからだ。
ギターのように4本の指を使ってコードを押さえる必要もなければ、ドラムのように四肢を独立して動かす必要もなければ、ピアノのように10本の指を器用に動かす必要もない。
左手で弦を1本抑えて、右手の指やピックで弦を弾く。あとはリズムに乗って演奏すれば、カッコいいベーストラックの完成だ。特にピック弾きの演奏の場合、右手が生み出すタッチの習熟度の差が指弾きに比べて小さいので、なおさら初心者が形をつかむまでの期間は短くて済む。
4. テイクの切り貼りも容易
という人も安心して欲しい。現代の自宅レコーディングにおいては、いくらでも録り直すことができる。さらに、テイクの切り貼りも自由自在だ。上手く弾けたところだけをつなぎ合わせれば、ワンテイクでは成し得ないような、上手な演奏を作ることだって可能なのだ。
僕が今回用意したデモ音源だって、例えば指弾きの演奏の方は、3つのテイクをつなぎ合わせることで、OKテイクを作っている。
これは何もズルをしているわけではなく、たとえプロのスタジオミュージシャンでも、より良いトラックを得られると判断すれば、当たり前のように行われる手法だ。
※ちなみにCubaseで複数テイクからOKテイクの作る方法は、別の記事で紹介している。⇒ 【Tips】Cubaseの実践的な使い方を18個紹介 | Nomad Diary(→1. 複数のボーカルテイクから1本のOKテイクを作成する)
ベースを宅録するデメリット2つ
1. ミックスの難易度が少し高め
生楽器の素材は、打ち込みの素材と比べてミックスが難しい。倍音成分が多い(≒音が暴れる)分、ミックスの中で音を均すために、精度の高いEQ処理が必要になるからだ。
生演奏のベースも例外ではない。打ち込みのベースと比べて、必要なEQポイントは増えてしまいがちだ。適切なEQポイントを見つけるのが苦手な人の場合、ミックス作業に手こずる可能性はあるだろう。
生で録音したベースには余分なローエンドも含まれているため、何Hzでローカットを入れるべきか……という判断も必要になってくる。
2. 多少は楽器の練習が必要
「ベースは意外と簡単だよ」みたいなことを先に書いたが、それでも多少の練習は必要。
エレキギターを演奏した経験がある人の場合、ピック弾きのベースにもすんなりと移行できる可能性が高いと思う。しかし全く楽器経験がない人や、一定のBPMで演奏する練習をしてこなかったクラシックピアノ出身の人などは、はじめはクリックに合わせて音を刻むことに慣れないかもしれない。
また、ベースの指弾きにおいては、不要な音を出さないようにするために、演奏していない弦をミュートするテクニックも重要だ。OKテイクを得るのは、そこまで簡単なことではない。
そもそも楽器というのは鍛錬が必要なものなので、多少はトレーニングに時間を掛けることも想定しておいた方がいい。もっとも、その時間は、音楽好きのあなたにとっては楽しい時間となるはずだ。
オススメのベース
エレキベースには主に、ジャズベースとプレシジョンベースという二大巨頭が存在する。筆者のオススメはジャズベースタイプ。どんな音楽ジャンルにもフィットする、汎用的な音が出せるからだ。
また、特別5弦ベースへのこだわりがない場合は、4弦ベースを買うことをオススメしたい。ミュートの難易度が下がるので演奏しやすいし、録音で使うのであれば、LowE♭以下の音域はダウンチューニングでもカバーできるからだ。同じ価格帯であれば、5弦よりも4弦のほうが、楽器としての完成度が高いのも良い。
PLAYTECH JB420 Rose Sonic Blue
安価だが、しっかりした音が出てくれるジャズベースだ。
PLAYTECH JB420 Rose Sonic Blue
YAMAHA BB434
ジャズベースではなく、PJベース(プレシジョンベースとジャズベースの中間)だが、こちらも幅広い音を出せて良い。YAMAHAの楽器はコストパフォーマンスが高いのも魅力。
Fender American Professional II Jazz Bass
筆者もこの価格帯のジャズベースを使っているが、しっかりしたクオリティであると感じている。商業音楽の制作でも問題なく使うことができている。
オススメの付属品
ピック
僕は以前は1mmくらいのピックを使っていたのだが、今ではミディアム程度の厚さを選んでいる。プロのベーシストの方の使用ピックをリサーチしてみたところ、ミディアムを使っている人が多く、確かにピックの「しなり」を利用して弾いたほうが、音のバランスが良くなることに気づいたからだ。
シールド
ベースのシールドはBelden 8412が個人的には最も好み。ベーシストの愛用者も多い。