※2023年10月25日:これまで「同主調の借用和音」のことを「準固有和音」と表現してきましたが、これは和声学における解釈に照らし合わせると正確さに欠けるため、「同主調の借用和音」という表記に訂正させていただきました。
目次
はじめに
注意:とても複雑なコード進行になっています。
中島美嘉の名曲、「STARS」。上質なメロディを緻密なアレンジで包み込んだ、極上のポップスだ。編曲を手がけたのは冨田恵一氏。非常に高度なリハーモナイズが施されていて、冨田サウンドがとことん味わえる一曲になっている。今回はこの曲のコード進行を分析していきたい。
中島美嘉 『【HD】STARS( ショートver.)』 - YouTube
- コードは耳コピで採譜しています
- 便宜上、♭→ b と表記します
コード進行
※Key = F
イントロ
※最初のエレピの下降アルペジオの部分は(N.C.)と表記。
この曲のキーはFなのだが、いきなり非ダイアトニックコードのオンパレード。「キーがFなのに、なぜAbM7やDbM7みたいなコードが使えるの?」と思うかもしれないが、実はキーがFのときは、Key = Fmのダイアトニックコード(同主調の借用和音)も使えるのだ。まずはこのことを把握しておこう。
度数→ | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
Key = F | FM7 | Gm7 | Am7 | BbM7 | C7 | Dm7 | Em7-5 |
Key = Fm | Fm7 | Gm7-5 | AbM7 | Bbm7 | Cm7 | DbM7 | Eb7 |
イントロのコード進行をおおまかに把握すると、「同主調の借用和音を経て、ドミナントであるGm7/Cに向けて着地していく」というようなイメージだろう。
DbM7(VIbM7)は同主調の借用和音であると同時に、サブドミナントマイナー(Bbm)の代理コードとも解釈できる(※Db音が入っているので)。なので「DbM7 → Gm7/C」という進行は、シンプルに考えると、「サブドミナントマイナー → ドミナント」という基本的なものになっていることがわかる。
Aメロ
| G/B Csus4/Bb | Am7 Am7/D F#dim |
| Gm7 C7 Bb7(9) | Am7 Am7/D Cdim |
| Bm7-5 Bbm6 | F/A A Bm-5 C#m-5 |
| Am7/D Dm7 G7(9,+11) | Gm7/C C/E |
| Gm7/C C7 | FM7/C Am7/D F#dim |
| Gm7 A Bm-5 C#m-5 |
| Dm7 Dm7/G F6 |
1~2小節目は2-5-3-6の、いわゆる"王道進行"の変形パターンがベースになっていて、
- G/B:
本来はGm7(IIm7)だけど、セカンダリードミナント(G7)化&オンコード化している。 - Csus4/Bb:
本来はC/Bb(V7)だけど、メロディがFに行く都合上、分子がCsus4になっている。 - F#dim:
D7(VI7)の代理コード。
という風にリハーモナイズされている。
3小節目のBb7(9) (IV7)はAm7(IIIm7)に解決するためのドミナントコード。この「半音上の7thコードから解決する」という流れは、ジャズではよく出てくるパターンだ。
4~5小節目の「Cdim → Bm7-5」の部分は機能的な解釈がしづらいが、半音上のdimからマイナー7thコードへ進行することは多いので、その応用と解釈できそうだ。
※Em7 → Ebdim → Dm7(in Key=C)のような進行はジャズではよく出てくる。
6小節目の3・4拍目は、完全にメロディに合わせたリハーモナイズといえそうだ。元はA7のところを、メロディに合わせて細かくコードを付けていると思われる。
7小節目のG7(9,+11)はオルタード・テンションを含むコード。#11thのC#音とメロディでもある9thのA音が長6度の協和音程になっているため、自然に聴こえる。この辺りの音選びが非常にハイセンスで良い。
Aメロの2回し目、9小節目からはベースが入ってくる。ベース音をC音で固定し、ペダルポイントを駆使したリハモにしているのが効果的。
Bメロ
| EbM7 Dm7 | EbM7 Dm7 |
| Gm7 F/A | BbM7 Bm7-5 Gm7/C E7+5-9 |
EbM7(VIIbM7)は他の曲でもよく登場するタイプの非ダイアトニックコード。手グセ的にみんな使うコードではあるが、音楽理論的に解釈すると、Gm7(IIm7)の代理コードといえる。
E7+5-9(構成音:[E G# C D F])はかなり複雑なハーモニーだが、ドミナントであるC7(V7)の代理コードと解釈できそうだ。
これはあくまでも僕のごく個人的な解釈だが、以下のような経緯でこのコードに落ち着いたのでは、という予想。
- Gm7/Cのままだとドミナント感が出ないので、C7にしたい。
- しかし、メロディのFと半音でぶつかるため、E音はルートに持ってきた。
- だがやはりルートに対してメロディが短9度で不自然なので、7thコードのオルタード・テンション扱いにできるようE7-9に。
- 元はC7だったんだから、コードにB音が入るのはおかしい。B音をC音にずらしE7+5-9に。
サビ
| FM7 | Bbaug/E Eb/A |
| G/A F#/A F/A C#dim |
| Am7/D Dm7 Cm7 F7 |
| BbM7 Bbdim | Am7-5 D7(-9,-13) D7/F# |
| Gm7 F/A | Bbm Bbm/Db Gm7-5/C E7+5,-9 |
| FM7 | Bbaug/E Eb/A |
| G/A F#/A F/A C#dim |
| Am7/D Dm7 C#m7 Cm7 F7 |
| BbM7 C/Bb | Am7-5 Am7-5/Eb D7(-9,-13) D7/F# |
| Gm7 F/A | EbM7 Dm7 Gm7/C |
2小節目は一見すごい進行だが、Em7-5(9) → A7-9,+11(VIIm7-5 → III7)のリハモ。音が濁りやすいローズ系のエレピでコードを弾いている関係で、不要な音をオミットしていると思われる。
3小節目はメロディに合わせたリハーモナイズ。元はG/A → A7-9だ。
5~6小節目は、4-5-3-6の王道進行が元になっている。
- Bbdim:
本来はC7(V7)となるところだが、サブドミナントマイナーBbm(IVm)に変更。さらにそれを、構成音の近いBbdim(IVdim)に変更。歌メロとも上手く合う。 - Am7-5:
本来はAm7(IIIm7)。Am7-5(IIIm7-5)にすることで、Gm7に向かって解決していくような、「マイナーのトゥー・ファイブ進行(Am7-5 → D7 → Gm7)」にしている。
こういったリハモは、J-POPではよく出てくるテクニックだ。
サビの2回し目(9小節目~)は、基本的には1回し目と同じ進行。ただし、要所で変化が付けられている。中でも注目したいのが、13小節目3・4拍目のC/Bb。メロディが高く抜けるようなファルセットになるのに合わせて、よりドラマティックな進行に変わっている。こういった細かい部分も、アレンジャーの腕の見せどころだ。
間奏1
| FM7 | Gm7/C Bbdim |
| Am7 D7+9 Cdim | BbM7 Gm7-5/C | |
2~3小節目では、Aメロの4~5小節目でも出てきた、「ディミニッシュからマイナー7thへの半音下降」が登場。3小節目のCdimは、D7-9の代理コードと解釈できそうだ(ルート以外の構成音は一緒)。
間奏2
| FM7 Eb/G F7/A B7-13 |
2サビ後の短い間奏(というほどの尺ではないが)。Eb/Gからの部分は、元はCm7 → F7(Vm7 → I7)という進行。B7-13(Vb7)はF7(I7)の代理コード。
全体的に見ると、次のコードのBbM7に向かって着地していくような流れになっている。
Dメロ
| BbM7 Bm7-5 | F/C C#dim |
| Em-5/D Dm7 C#m7 Cm7 B7-13 |
| BbM7 Cm7/F |
| Bbm7 Eb7 | Ab/Eb Cdim |
| DbM7 Bbm7 Fm/Ab | Gm7(11) |
| Gm7/C | |
その後のDメロ。3小節目はフルートのオブリガートのメロディに合わせたリハモが見事。
5~7小節目は、サブドミナントマイナーであるBbm7(IVm7)をきっかけに、一時的にKey = Abに転調していると解釈できそうだ。
※もっとも、今までシームレスに同主調の借用和音を使ってきたこの曲においては、いまさら部分転調だと解釈する必要もないかもしれないが……
8小節目のGm7をきっかけにキーがFに戻っていく。
3サビ終わり
| Gm7 F/A | Eb7(9) Am7/D F#dim |
| Gm7 Gm7-5/C | (2/4) |
サビ終わりを繰り返す静かな部分。2小節目のEb7(9) (VIIb7)がよい浮遊感を出している。静かになる展開と相まってとても効果的。
エンディング
| FM7(9)/C | Gm7/C | FM7(9)/C | Gm7-5/C | FM7(9) ||
最後はAメロでも出てきたペダルポイントを駆使しつつエンディングを迎える。「STARS」という曲名にピッタリな浮遊感を醸し出している。
おわりに
現在流行している音楽では、複雑なコード進行の曲はそれほど多くない。しかし、こういった楽曲を分析し、コード進行やリハモのテクニックを研究することは、作曲/アレンジのスキルを磨く上でとても有効です。