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音色の最適化はプロのミックスへの近道
そう悩んでいる作曲家の方もいるのではないだろうか。
その原因は、楽曲を構成する各トラックの音色がパーフェクトな状態ではないからだ。私たちはつい、ミックス作業を頑張って何とかしよう、と考えてしまいがち。だけど、それ以前のトラック構築の段階で、最終的な2mixのクオリティは半分以上決まってしまう。音色が洗練されていない素材をミックスしてカッコイイ音に仕上げるのは、かなり難しいのだ。
良いミックスを仕上げるためには、ミックス対象となる各素材をできる限り、良い音に磨き上げる必要がある。
- 生楽器なら → 良いマイクと良いマイクプリアンプで、状態の良い楽器を録音する
- ソフト音源なら → 良い音の出るソフト音源を使う
- シンセなら → 音選び・音作りを頑張る
このような工夫が必要。
音色の「レイヤー」とは?
だけど、これらの工夫をするだけでも、まだ完全ではない。「プロの音楽制作者なら大体みんな使っているけど、意外と知られていない必殺技」がある。
それは、「音色のレイヤー」だ。
レイヤーとは、ある音色に別の音色を重ねて、それらを同時に鳴らすことを意味する。これにより、単体の音色では得られないような、迫力があり、深みのあるサウンドを作ることができる。このレイヤー・テクニックはプロっぽい音を生み出す秘訣でもあるが、自己流で音楽を作っている人にとっては、なかなか気づきにくいテクニックでもある。
音色のレイヤーは、ロック・テクノ・ポップス・オーケストラ……音楽ジャンルを問わず使われる。どんなジャンルの音楽をやっている人であっても、ぜひ覚えておくべき重要なテクニックだ。
レイヤーはあらゆる音楽で使われる
ダンス系ではレイヤーは基本テクニック
ダンスミュージックでは、キックの音が命。ダンス系のクリエイターは、膨大なキックのサンプルから良いものを選び抜き、複数のサンプルを重ね合わせることで、カッコイイキックの音を作り出している。
また、シンセ音色においてもレイヤーが行われる。アタック成分とサステイン成分で別々のシンセを立ち上げ、深みのある音色を作り上げることも多い。シンセの音作りをする上では、複数音色のレイヤーは必須テクニックだ。
ロックでもレイヤーは使われる
エレキベースの音色においては、DIの音とアンプの音を混ぜることは定番のテクニック。これは言いかえると、2つの音色をレイヤーしているということでもある。
ドラムでもレイヤーは使われる。メタル等のジャンルにおいては、たとえ生演奏のドラムであっても、元のスネアに他のスネアを複数重ねることはよくある。※「トリガー」と呼ぶ
普通のロックやポップスの生ドラム音色ですら、低音域を増強するために、キックにレイヤーが行われることは多い。低域を拡張するために、別のキックやサブベース成分を付加することは、近年スタンダードな手法となってきている。
オーケストラの生演奏でもレイヤーは使われる
オーケストラは元々生演奏で生み出される音楽。ではいったい、どこに音色のレイヤー要素があるのか。
オーケストラにおいては、複数の楽器を同時に(ユニゾンで)演奏することで、音色にバリエーションを持たせることがある。
- グロッケンでフルートのラインをなぞって、抜け感を出す
- クラリネットでヴィオラをなぞって、柔らかさを加える.
- シロフォンで木管アンサンブルをなぞって、アタック感を出す
具体的には、上記のようなテクニックがある。これらも音色のレイヤー・テクニックの1つと解釈できる。
国産ハードシンセはレイヤーの宝庫
Roland INTEGRA-7やYAMAHA MOTIFといった、ハードシンセのプリセット音色は、レイヤーテクニックの宝庫だ。単体で聴くと地味な音色なのに、それらが2~3個組み合わさることで、非常に良い響きになっている事がわかる。
ハードシンセというものは、波形の容量に制約もある。「容量が少ない中で、少しでも良い音を……」という意思のもと、職人たちによって生み出された音色には、彼らの知恵と工夫が込められている。
国産ハードシンセのプリセット音色からは、昨今のソフトシンセのプリセットには見られないような、素晴らしいアイディアの結晶を垣間見ることができるはずだ。
レイヤーテクニックの習得は上級者への第一歩
前置きが長くなってしまった。ここからは、具体的なレイヤーの手法について紹介していく。
レイヤーの効果が分かるデモ音源
簡単なデモ音源を用意した。レイヤーを行う前の音は以下の通り。
各パートにレイヤー処理をして、音色を工夫してみる。するとこうなる。
サウンドが変化していることが分かるはずだ。
レイヤーの有無で何が違うの?
このデモ音源は、アンサンブル上は、以下の6トラックで構成されている。
- キック
- スネア
- ハイハット
- クラッシュ・シンバル
- ベース
- シンセ
これらのうち、キック・スネア・ベース・シンセの4パートについてレイヤー処理を行っている。具体的には、各パートに次のような処理をしている。
音色 | 元の状態 | 行った処理 |
---|---|---|
キック | 生ドラムのキック | 「TR-909のキック」を重ねる |
スネア | 1種類のスネアのサンプル | 他に「5つのスネア」を重ねる |
ベース | ライン(DI)の音 | 「アンプの音」を重ねる |
シンセ | シンプルなシンセ音色(Stab系) | 「アタック感のあるPluck音色」を重ねる |
※詳しいレイヤーの手順については、後ほど解説する。
サウンドの違いについて解説
特にキックはサウンドの違いが分かりやすい。低域の押し出し感が大きく変わっている。とりわけこの手の4つ打ちの音楽では、生ドラムのキックのロー感だけだと、良いノリを出すのが難しいことはよくある。
スネアは他3パートに比べると差は小さいが、1種類のスネアを鳴らしただけでは得られないサウンドになっていることが分かるはず。
ベースについては、アンプの音を混ぜることによって、深みのある音へと変わっている。特にこのようなロック要素を含む雰囲気のサウンドの場合、アンプの音を混ぜたほうが曲になじみやすい。
シンセについても、音の立ち上がり部分に注目して聴いてみると、よりハッキリと前に出る音へと変わっていることが分かるはずだ。
レイヤーで得られる効果=ミックス処理では得られない要素
ちなみに、上記の「レイヤー無しの音源」を作るにあたって、音色のレイヤーをしなくても、少しでもよく聴こえるように、各パートをEQやコンプで調整している。だけど、それでも上記音源のように、「ミックスの段階では生み出せないようなサウンドの違い」が生まれてしまうのだ。
楽曲制作をする上で、このことをぜひ知っておきたい。
具体的なレイヤーのやり方:実践編
ここでは、前述のデモ音源について、実際にどのように音色のレイヤーを行ったのかを解説する。
1. キックのレイヤー方法
- 生ドラムのキック音色だけど、4つ打ちに映えるような質感にしたい
これをテーマに音色のレイヤーを行った。
キック(およびスネア)のレイヤーを行う前の、ドラム全体の音を聴いてみよう。ごく普通のドラムの音だ。この状態だと、4つ打ちの音楽としては、やや低音が物足りなく感じるかもしれない。
キックだけを取り出して鳴らしてみると、このようになっている。やはり低域が強いわけではない。
ここに、TR-909のキックを重ねてみたい。TR-909のキックは単体だとこういう音をしている。ずっしりとしたロー感があるのが分かるはずだ。※今回はBATTERY 4の909キックを使用。
生ドラムのキックと、TR-909のキックの音を重ねて、同時に鳴らす。
このままだと2つのキックの低域が重なるため、ローエンド成分が少し多いと感じる。画像のように、EQをつかって、生ドラムのキックのほうの低域を緩やかにカットする。
これでキックのレイヤーは完成だ。元の生ドラムのキックと比べてみると、だいぶ「低域のずっしり感」が増えていることが分かるのではないだろうか。
2. スネアのレイヤー方法
- ロックっぽい雰囲気の、迫力のあるスネアにしたい
というテーマで、音色のレイヤーを行ってみる。
元のスネアは、単体で聴くとこのような音になっている。
ここに、Steven Slate Drums 5(SSD5)を使った、「トリガー的な音色のスネア」を重ねてみる。画像のように、5つのスロットにそれぞれ別のスネア・サンプルを読み込み、5個のスネアを同時に鳴らしている。
SSD5のスネアを5種類同時に鳴らした音は、このようになっている。
元のスネアとSSD5のスネア、2系統のスネアを同時に鳴らすとこうなる。
キックとスネア、それぞれレイヤー処理を完了させた後の、ドラム全体の音は以下のようになる。
はじめの「生ドラム音色のみ」のドラムトラックと比べて、いくぶんノリの良いドラムトラックになったのではないだろうか。これでドラムパートは完成。
3. ベースのレイヤー方法
DIの音は以下の通り。
アンプの音は以下の通り。※DIの音をベースのアンプシミュレーターに通して作っている。
DIの音とアンプの音を同時に鳴らして完成。
4. シンセのレイヤー方法
- シンセ(Stab系)の音を、ヌケの良い派手な音にしたい
というテーマで、音色のレイヤーを行っている。「アタック成分」「サステイン成分」を別々に用意するイメージだ。
レイヤーを行う前のシンセの音は、以下の通り。このままでも良い感じだが、アタック感をつけてみたい。
アタック成分用に用意したPluck音色のシンセは、単体で鳴らすと以下のようになる。
元のシンセ音色と、Pluck音色、2つを同時に鳴らして完成。
音色をレイヤーする4つのコツ
1. EQやフィルターを駆使して担当する音域を分ける
特にキックを2種類重ねるときは、そのままだと低域が重なって不自然になることも多い。EQやハイパスフィルターを使って、一方の低域をカットしてやると、自然にまとまる事が多い。
キック以外のパートにおいても、不要な帯域をEQで削ることで、音色のレイヤーを自然に聴かせられるようなケースはしばしある。
2. MIDIセンドを活用する
音色をレイヤーするときは、Cubaseユーザーであれば、MIDIセンドを使うと便利。1つのMIDIトラックで、2つ以上のシンセを同時に鳴らすことができるので、上手く活用したい。
もちろん、MIDIセンドを使わずに、MIDIパートをそのままコピーしてもいい。レイヤーを構成する各パートを単体で聴く機会が多い場合は、そのほうがいいかもしれない。
3. BATTERY等のドラムサンプラーを使う
BATTERYのようなドラムサンプラーや、Steven Slate Drumsのようなサンプラー機能を持つドラムソフトを使うと、複数のサンプルをソフト内で重ね合わせることができる。前述のMIDIセンド機能を使うことなしに、複数のサンプルを重ねた音が得られるので、活用できると便利だ。
4. 位相に気をつける@低音楽器
キックやベースといった低音楽器をレイヤーする際は、位相に気をつけるようにする。
たとえば、キックAとキックBをレイヤーする場合を考えてみよう。レイヤー後の波形は、2つの波形を加算した状態になる。なので、2つのトラックにおいて
- 波形の山になる位置
を、極力合わせたほうが、波の振幅は大きくなる。波の振幅が大きくなると、それだけ音が大きくなるので、音響的には都合が良い。理屈の上ではこういう話になる。
もし2つの低音楽器をレイヤーした結果、なんか音がイヤな感じになる場合、波形を少しスライドさせて、山の位置を合わせてみる。これで解決することは結構ある。
ただし、常に山の位置を合わせれば良いかというと、そうとも限らない。無理に山の位置を合わせないほうがしっくり来ることもあるので、最終的には自分の耳で判断するのがいいと思う。
レイヤーテクニックを使う上で便利なソフト音源を紹介
Steven Slate Drums
今回スネアのレイヤーをするときに使ったソフトが、Steven Slate Drumsからリリースされている、Steven Slate Drums 5(SSD5)というドラム音源だ。
SSD5を紹介するにあたって、同社の「Trigger」というソフトについても軽く触れておきたい。Triggerは、生ドラムの音色をサンプルのドラムに差し替えたり、重ねたりする(=トリガーする)ための、専用音源だ。トリガーを行う際には、生演奏のドラムの上に4~5種類程度サンプルを重ねるようなことも、メタル等のジャンルではよくある。Triggerではそんな処理も簡単にできてしまう。
そんなトリガー専用音源をリリースしている同社なだけあって、同社のSSD5も、同一パーツの(例えばスネアならスネアの)サンプルを、何種類も重ねられる仕様になっている。この仕様は、音色のレイヤーを行う上で都合がいい。
さらに、SSD5に収録されているサンプルは、他社のドラム音源のサンプルとは異なり、EQやコンプ等を処理をせず、そのまま鳴らしてもオケに馴染むようになっている。この性質も、音色のレイヤーをする上で都合がいい。
ドラムで音色のレイヤーを行いたい人は、SSD5を手に入れておくと作業が捗るだろう。僕自身、SSD5を導入してから、生ドラムの音色レイヤーが気軽にできるようになり、積極的にドラムの音作りにこだわれるようになった。
Native Instruments BATTERY
Native Instruments BATTERYも、ドラムの音色のレイヤーをする上で便利なソフトウェア。こちらはEDM等のダンス系の音楽で使うと便利。リズムサンプルのwavファイルからドラムキットを構築する際に、音色のレイヤーに役立つドラムサンプラーだ。
キックをレイヤーする場合、例えばキック1をセル1に読み込んで、キック2をセル2に読み込む。そうしてC1の鍵盤でセル1とセル2を同時に鳴らすように設定すれば、それだけでレイヤー処理は完成する。
各セルにEQやフィルター処理を行うこともできるので、帯域の住み分けもBATTERY内部で完結できる。
※BATTERYの詳しい使い方は、別の記事で紹介している。
Native Instruments BATTERYの便利な機能/使い方を解説