曲づくりをしているとき、曲の中で転調を使うことができれば、作曲の可能性は大いに広がる。「美味しいメロディのパターンはすでに出尽くしている」という説もある中、他の曲と差別化を図るための手法としては、これほど効果的なテクニックも無いだろう。
反面、上手く転調させなければリスナーに違和感を与えてしまうこともある。作曲に慣れていない人が作った曲で、不自然な転調が発生しているのを耳にすることもある。この問題を解決するには、音楽理論を習得したり、ハーモニーのセンスを磨いたりと、自身の音楽的なスキルを高めていくしかない。
一番効果的なのは、既存の曲の転調方法を分析して学んで、自身の血肉とすることだ。理論書を読みあさるよりも、転調が使われている名曲を片っ端からコピーしていったほうが得られるものは大きい。
今日は日本のポップス・ロック系の音楽から、秀逸な転調が行われている作品を12曲紹介する。どれも多かれ少なかれヒットしており、音楽的にも評価されている。
転調する前後のコード譜も合わせて用意したので、ぜひコード進行をギターやピアノで演奏してみて欲しい。そして転調の瞬間のハーモニーを感じてみて欲しい。
- 曲のタイトルをクリックするとYouTubeが開きます(一部のみ)。
- コードは耳コピで採譜しています。
目次
1. Get Wild/TM Network
[B](7小節目~)(Key = Bm)
| GM7 | F#m7 | B(no 3rd) | |
[C](Key = G#m)
| G#m F# E | F# B |~
Bメロ終わりの4小節から、上記のような進行になっている。AメロとBメロはKey = Bm、サビはKey = G#mとなっている。すなわち「同主調(Key = B)の平行調」に転調することになる。この曲のように短三度の関係にある調に転調するパターンは頻出だ。
サビ直前の2小節は本来Bmとなるところだが、3度を抜くことで、メジャーともマイナーとも付かない雰囲気を出している。それが2つのキーに共通するコードとなり、スムーズな転調が実現しているのだ。
2. 名もなき詩/Mr.Children
[E](5小節目~)(Key = G)
| Am7 | Bm7 | C | D | C/D | Db/Eb |
[C] (Key = Ab)
| Ab | Cm7 |~
楽曲そのものが見事だが、転調も優れている曲だ。
曲の後半、間奏の後のEメロでは、細かいフレーズを歌った後、Bメロのフレーズをオクターブ上で歌う形で再登場させている。この時点でかなりの高揚感を感じることができるが、さらにダメ押しの転調技を繰り出してくる。
サビのフレーズを歌い出した……と思いきや歌うのを止め、その刹那、半音上に転調する。そしてサビが始まる。このようにしてリスナーに強烈なカタルシスを与えているのだ。
Eメロの後半からのコード進行は上記のようになっている。ドミナントの代理コードのC/Dを挟んでから転調後のドミナント代理であるDb/Ebへと、半音上に進行する。これにより、ドミナント感が和らぎ、スムーズな転調が実現している。
転調テクニックとしてはオーソドックスな手法だが、ここまで効果的に使われているケースは他に類を見ないだろう。「楽曲をドラマチックに彩るための転調」という意味では、お手本のような素晴らしい転調テクニックの使い方だ。
3. 奏/スキマスイッチ
[C] (Key = Bb → Key = Db)
| EbM7(9) | F | Dm7 D7 | Gm7 |
| GbM7 Ab | Fm7 Bbm7 |~
Cメロ(※2サビ後の部分)からのコード進行は、上記のようになっている。それまでKey = Bbで進行していたが、5小節目からKey = Dbに転調する。その後、転調したままラストのサビへと突入していく。
短三度上に転調しているので違和感もなくスムーズにつながっている。ふたつのキーの共通音であるF音が転調前後のメロディで多く使われているのも、転調がスムーズな要因の一つだろう。転調を上手く行うためには、メロディとの兼ね合いも大事なことがわかる一曲。
4. ポニーテールとシュシュ/AKB48
[B](Key = A)
| C#m7 | F#m7 | C#m7 | F#m7 |
| B7(9) | | C#7 | |
[C](Key = F#)
| D#m7 | B |~
Bメロからのコード進行は上記のようになっている。Key = AからKey = F#に転調している(※厳密にはF#の平行調のD#m)。この曲は、短三度下に転調するパターンだ。
注目すべき点は、Bメロ7小節目からの歌メロ。7小節目ではまだ転調するかどうかはわからない。しかし、8小節目では歌メロにD#音とF音が使われている。これらはスケール内の音ではなく、転調後のキーのスケールに含まれる音だ。この2音がメロディに登場することで転調を予感させる仕掛けとなっているのだ。
これらの音使いは、全て同一の「C#7」というコードが鳴っている最中に行われている。そのため、背景のコード感が変わることなく、スムーズな転調が実現している。
歌メロのスケールを変えることで、転調のきっかけを生み出している。非常に高度な転調テクニックといえるだろう。
5. 制服のマネキン/乃木坂46
[B] (Key = Dm)
| BbM7 | C/Bb | Am7 | Dm7(9) Dm7(9)/C |
| Bm7-5 | BbM7 | C | C7-13 C7 |
[C] (Key = Fm)
| DbM7 Eb | Fm7 Cm7 |~
Bメロからのコード進行は上記の通り。Key = DmからKey = Fmへと転調している。短三度上へ転調するパターンだ。
C7のコードをきっかけに転調が行われている。このコードは転調前のキーにとってはV7だが、転調後のキーにとってはIII7。そのため、転調後のIV△7であるDbM7というコードにスムーズにつながるのだ。
もう一つ面白いのがBメロ8小節目のメロディ。転調前のスケールには出てこないAbの音が歌メロに使われている。これはC7にとってはb13thというオルタードテンションになっているので違和感なく使える音だが、それだけではなく転調後のスケールに含まれる音でもある。そのため転調がよりスムーズに実現しているのだ。
この「転調後のスケールに含まれる音をメロディに使うことで、転調をスムーズに行う」という技は、前述の「ポニーテールとシュシュ」でも出てきた。現代のJ-POP作曲家のクレバーさを思い知らされる一曲だ。
6. Hello, Again ~昔からある場所~/My Little Lover
[B] (Key = E)
| A A/B | G#m C#m | A G#7 | C#m Bm7|
| A A/B | G#m C#m | F#m7 | F#m7/B |
[C] (Key = G)
| C D | G D/F# |~
Bメロからのコード進行は上記の通り。Key = EからKey = Gに転調している。短三度上へ転調するパターンだ。
F#m7/Bをきっかけに転調が行われているが、これはB7の代理コードと考えればよい。転調前のキーにとってはV7、転調後のキーにとってはIII7となるコードだ。
この曲で面白いのは、3小節目・8小節目の歌メロの音使いだ。まず3小節目の4拍目でG音が出てくる。これはスケール外の音。G#7というコードにとっては非和声音なので、すぐにG#音に解決する。その後8小節目の4拍目にもG音が出てくる。その直後に転調が起こる。この瞬間、G音は転調後のキーのスケールから持ってきた音だということがリスナーに分かるカラクリとなっているのだ。
「転調する直前に、転調後のスケールに含まれる音を登場させる」という技は、「ポニーテールとシュシュ」や「制服のマネキン」でも出てきた。この曲でも同じ手法が用いられているが、転調する直前だけではなく、さらにそれよりも前でも転調後のキーのスケール音を登場させているのがポイントだ。
言うならば、「転調の伏線を張り、それを回収している」といったところだろう。リスナーの潜在意識に訴えかけるような、巧妙な転調テクニックだ。
7. Pieces/L’Arc~en~Ciel
[B] (Key = A)
| D | C#m | Bm | A |
| D | C#m | Bm | Esus4 E Esus4 E |
[C] (Key = C)
| FM7 | G | Em7 | Am |~
Bメロからのコード進行は上記の通り。Key = AからKey = Cへと、短三度上へ転調している。ふたつのキーで共通して使えるEというコードをきっかけに転調が行われている。「制服のマネキン」や「Hello, Again」と同じパターンの転調方法だ。
この曲のメロディにも「転調の伏線」的な音使いが登場する。Bメロの6小節目では歌メロにさりげなくG音が出てくる。これは転調後のキーのスケールに含まれる音だ。キーが変わったことを感じさせないほどの、きわめて自然な転調となっている。
Clicked Singles Best 13 / L’Arc~en~Ciel
8. ボクノート/スキマスイッチ
[B] (7小節目~)(Key = A)
| DM7(9) B7/D# | Esus4 E Cm7/F F7/A |
[C] (Key = Bb)
| Bb Dm7 |~
イントロからKey= Aで進行していく。1番Bメロの7小節目からは、上記のようなコード進行になっている。
サビ直前でツーファイブを挟んで、Key = Bbに転調している。サビだけ雰囲気を変えるために転調させるパターン……と思いきや、なんとそれ以降Key = Aに戻ることなくKey = Bbのまま進んでいく。
つまり2番のAメロとBメロは、1番の半音上のキー(Bb)で演奏していることになる。言われなければ気づかない人も多いかもしれない。
余談だが、1B、2Bともに、終わりの1小節のストリングスのラインは同じ音型となっている。こういったさり気ないアレンジ面での工夫も、転調が自然に演出されている要因の一つだろう。
9. 行くぜっ!怪盗少女/ももいろクローバー
[B] (5小節目~)(Key = Am)
| Dm7 G | C FM7 | Bm7-5 | E7 | |
[C] (Key = Ebm)
| Ebm7 | Abm7 | Db7 | Gb Db/F |~
Bメロの5小節目からのコード進行は上記の通り。Key = AmからKey = Ebmへと、増四度上へ転調している。
増四度上という遠縁のキーへの転調ではあるが、E7がEbm7に対するドミナント7thコードになっている(半音上から解決するパターン)ため比較的自然につながっている。Bメロ8小節目のメロディに、転調後のキーのスケール音に含まれるF#音が一瞬出てくるのもポイント。
増四度の転調でリスナーに意外性を与えつつも、理論的な部分では破綻していないという、大胆かつ巧妙な転調といえる。
なお、サビの後は再びKey = Amに戻る。そこはDb7 → Amという進行なので、元のキーに戻るときは何のクッションも挟まずに転調していることになる。しかしながら、この後のセクションはバックトラックがリフ的な演奏で、ボーカルはラップ調。そのため突然転調の不自然さも緩和されているのだ。この「転調を不自然に感じさせないような楽曲構成」もまた見事な部分といえるだろう。
10. プラチナ/坂本真綾
[B] (Key = D)
| Bm7 | GM7 | A B| C#m | G#m B C#|
| D#m7 | C#m7 | C#m7/F# C7(9)-5|
[C] (Key = F#)
| BM7(9) |~
Bメロからのコード進行は上記の通り。大きく見ると、Key = DからKey = F#へと、長3度上へ転調していることになる。
Aメロから部分転調的な仕掛けがたくさん出てくるが、分かりやすいのがこのBメロの部分だろう。IV→V→VImというケーデンスをつなげる形でキーが1音ずつ上がっていく(※Bm → C#m → D#mとキーが変化する)。その際の歌メロは似たような音型になっており、コードの3度を通っているので転調した感じも分かりやすい。
楽曲全体に部分転調がふんだんに盛り込まれているのもあり、他の曲のシンプルな転調とは一線を画している印象。菅野よう子氏の才能を強く感じさせる、非常に独自性のある一曲だ。
11. 創聖のアクエリオン/AKINO from bless4
[B] (9小節目~)(Key = Bm)
| GM7 | | Dadd9/F# | Bm7 |
| Bm7/E | Am7/D | Gm7/C | |
| Em7/A | F#m7/B |
[C] (Key = C#m)
| C#m G#m7 | AM7 G#m7 |~
Bメロ9小節目からのコード進行は上記の通り。Key = BmからKey = C#mへと、1音上へ転調している。
この曲のポイントは、「Dm7/G型」のコードを転調のきっかけとしていることだ。このコードはV7の代理コードとして使われることが多いが、ドミナント感を和らげて、調性をぼかすことできるのが特徴。また、同じ型のまま平行移動させて使ったりしても不自然になりにくい(※フュージョン系の音楽でよく出てくる)。
Bメロ13小節目のBm7/Eのところから、「Dm7/G型」コードの連続で調性感をあいまいにしつつ、目的のキー(C#m)に着地させるようなコード展開になっている。
Lost in Time / AKINO from bless4
12. ROCKET DIVE/hide with Spread Beaver
[B] (Key = D)
| A | | Bm | |
| C | | D | B |
[C] (Key = E)
| E | B |~
ギターソロの後からのコード進行は上記の通り。Key = DからKey = Eへと、1音上へ転調している。
ギターソロの後はBメロの部分の繰り返しだが、途中から少し変形していき、そのまま転調したサビへと突入していく。Cというコードの部分からキーがEに変わっていると解釈してもよいだろう。C、D、Bというコードは、それぞれ転調後のキーにとってはVIb、VIIb、Vというコードになる。
ここで見事なのは、転調に向けて変化していく歌のメロディだ。5小節目からの部分では、Bメロ頭のフレーズと同じ音型のフレーズが、コードに合わせる形で変化して歌われている。コードの変化とメロディの変化が渾然一体となって、転調がドラマチックに演出されている。楽曲に導かれるようにして生まれた転調からは、高い音楽センスを感じさせられる。