Official髭男dismの「Pretender」。この曲はSpotifyの再生数ランキングでずっと1位をキープしていたり、YouTubeで5000万回以上再生されていたりと、大きくヒットしている。2019年を代表する名曲になりそうだ。
Official髭男dism - Pretender[Official Video]
今回はこの曲をひも解いてみる。なぜこんなにも多くの人の心をとらえているのか。使われているコード進行や編曲テクニックを紹介しつつ、音楽理論を交え、分析していきたい。
※2020年6月:使用機材が判明したので、一部追記しました。
目次
曲・コード進行のポイント
コード進行について
おおまかに分類すると、次のようなコード進行になっている。
- Aメロ:1度から始まる進行(途中まではカノン進行に近い)
- Bメロ:Just the Two of Us進行(4-3-6という進行。J-POPだと「丸の内サディスティック」が有名)
- サビ:カノン進行(1度から降りていく定番進行)
このように、各セクションで定番の進行が使われていて、普遍的な良曲につながりやすいコード進行をしているといえるだろう。
メロディの作りについて
メロディの作り方については、
- 基本はペンタトニック(「ドレミソラ」の5音)中心で歌いやすく
- 要所で跳躍させてドラマチックに(例:サビで一気に高音域に飛ぶ)
というように、基本に忠実な作曲がされている。
メロディの音域は広く、低音から高音まで2オクターブ近く使われている。この「音域の広さ」というのは、この曲の特徴のひとつでもある。
サビ部分を分析
ここではサビ前半のコード進行を抜粋してみる(耳コピです)。
| Ab | Eb/G C7/E |
| Fm7 | Ebm7 Ebm7/Ab |
| DbM7 | Ab/C |
| Bbm7 | Bbm7/Eb Bbm7-5/Eb |
[Degrees] (簡略化)
| I | V III7 |
| VIm7 | Vm7 I7 |
| IVM7 | I on III |
| IIm7 | V |
サビのコード進行は、いわゆる「ツーファイブを交えたカノン進行」。通常のカノン進行をベースにしつつも、2・4小節目でツーファイブのリハーモナイズが挟まれるパターンだ(※この曲では2小節目がちょっと違うけど)。これが「切ない雰囲気」を演出するのに一役買っている。
特に、2小節目~3小節目にかけての「III7→VIm」という部分。これが「泣き」や「切なさ」を感じさせるところで、日本のヒット曲でもおなじみの進行だ。
※例としては、「TSUNAMI/サザンオールスターズ」や「Sign/Mr.Children」などでこの進行が登場する。
また、コード進行だけではなく、メロディにも分析できるポイントがある。この曲のサビのメロディには、「おいしいテンション音を通っている」という特徴がある。
- サビ3・4小節目のm7の部分:いずれも、歌メロが11thのテンションを通っている。
- サビ7小節目のm7の部分:歌メロが9thのテンションを通っている。
- サビ8小節目:スケール外の音である「E音」が一瞬だけ挟まれている。このE音は、コードに対して♭9thのテンション。切ない響きを味わせてくれる。
作曲の観点からいうと、こういった要素は、良いメロディを生み出す上で大切なことだ。ツボを押さえた作曲がされているといえる。
余談だが、このことは作曲者(ボーカルの方)が鍵盤奏者であることとも関係していそうだ。
アレンジのポイント
イントロ
イントロのギターのアルペジオが印象的で良い。Aメロでもずっと鳴っているし、この曲の「影の主役」となるフレーズだといえる。
リズムが入る前にうっすらと鳴っている、「サイドチェインコンプのかかったシンセ(?)」も今風で良い。バンドサウンドを基調としつつも、さり気なくトレンドを取り入れているのがハイセンス。
Bメロ
Bメロ直前のピアノのリバース音が良い。バンドアンサンブルにおいて「今っぽさ」を出す上で、この上なくフィットした仕掛けだと思う。※ちなみに、実は「イントロのリズムが入ってくる前の部分」にもリバース音が入ってきたりと、この曲ではリバース音が多用されている。
Bメロはコードチェンジのタイミングが良い。アクセントが裏に来ていて、リズムが立っている印象だ。
サビ
1コーラス目だけに出てくる、サビ頭のブレイク(演奏が無音になること)が良い。
※厳密にはBメロ終わりだけど。
おかげで、サビ頭の2音の「グッバイ」という言葉がハッキリと聴こえる。この2音が際立つおかげで、「歌詞の根幹となるテーマ」をリスナーに瞬時に叩き込むことに成功している。そんな作りが実にお見事。
ブレイクは編曲ではよくある仕掛けだけど、この部分に関しては、歌詞との兼ね合いが完璧。相当計算しつくして作られている可能性もありそうだ。
サビの多重コーラスが良い。Official髭男dismの他の曲ではソウルっぽいテイストが前面に打ち出されることも多いが、この曲ではそれほどでもなかったりする。だけど、さり気なく多重コーラスを入れてくるあたり、やはり彼らのルーツは自然と出てくるのだなと思った。
追記:多重コーラスはiZotope VocalSynth 2を使用か
このサビの多重コーラス、iZotope VocalSynth 2で作られている可能性が出てきた。ソースはサンレコ。
IZOTOPE Vocal Synth 2は、デモ音源でボーカル・ハモなどを作る際に大活躍。また「Pretender」「最後の恋煩い」「Amazing」などの楽曲では本チャンに使われている
たしかに、音をよく聴いてみると、ちょっとロボットっぽい質感のある声質。VocalSynth 2を用いたシンセサイズによって生成されている可能性が高そうだ。
2A
2Aアタマで一瞬入ってくるTrapっぽいハイハットが良い。基本となるバンドサウンドは維持しつつも、トレンドとなるサウンドを一瞬だけ登場させるという手法は、普遍性と時代感を両立させるテクニックとして非常に参考になる。
シンセソロ
2サビ後の間奏のシンセソロが良い。Minimoogっぽい音色が'80sを感じさせる。「あえて'80sっぽい要素を取り入れる」というのはちょっと前のビルボードチャートでも見られた手法で、ブルーノマーズとかもやっていた。
追記:やっぱりMinimoogだった
サンレコによると、このソロはMinimoog Voyager(ソフトシンセではなく実機)によるものらしい。
「Pretender」では自前の Minimoog Voyagerでソ口を弾きました。
アナログシンセの音の良さに驚いたVoの藤原氏が、実機の良さについてインタビューで語ってくれている。
※ちなみにサンレコのこの号、他にも充実した制作エピソードを聞かせてくれているので、髭男の音楽ファンは読んでみることをオススメします。
エンディング
イントロのアルペジオと同じフレーズが、エンディングでも登場するのが良い。
- イントロと同じフレーズが
- 音色を(ピアノ音色に)変えて
- エンディングで再登場する
というのは、主人公たちの物語の、時間経過を感じさせる演出とも受け取れる。歌詞の言葉を借りるなら、まるで「ロマンス」の「エンドライン」を見せてくれているかのようで切ない。
歌詞について
歌詞について見てみる。※「Official髭男dism Pretender 歌詞」 ← Google検索のリンク
歌詞は、「別れ」や「失恋」がテーマになっている。切なさ・寂しさという感情は、昭和歌謡の時代から受け継がれてきた、J-POPにおける不朽のテーマだ。老若男女問わず人の心を打つような歌詞になっていて、ヒット曲となり得るポテンシャルを持っている。
「少し弱気な男」が主人公になっているという要素も、今の時代に合っていると思う。
※back number的な雰囲気を持つ歌詞。
今の時代、男性視点の歌詞だと「弱さ」や「脆(もろ)さ」といった部分を前面に出すほうが、時代に合っているようにも感じる。例えば、音楽ではなく映画作品になるが、新海誠監督のヒット作「君の名は。」や「天気の子」もそうだ。登場する男性キャラについては、彼らの内面にある「弱い部分」が描かれるシーンも多かった。
※一昔前のJ-POPの歌詞が、「男らしさ」や「強さ」を前面に出していたのとは対照的。
歌唱・演奏について
このバンドは特に、ボーカルの歌声がハイレベルなのが印象的。C5(俗にいうHiC)まで余裕で実声で出せるような高い声を持っている。※この曲も地声の最高音はC5で、しかも何度も登場する。
しかも、単に声が高いだけではなく、
- ハイトーンだけど、甲高く聞こえない
- 多少しゃがれている
という特徴がある。洋楽でいうとブルーノ・マーズを思わせるようなカッコイイ声質。日本人ではなかなかいないタイプのボーカルだと思う。
バンドの演奏面に関しては、テクニックを見せつけることもなく、基本的にはグッドメロディを支える堅実な演奏をしている。とはいえ、例えばイントロのギターのアルペジオはそこまで簡単なフレーズというわけでもない。半音下げチューニングで開放弦を上手く駆使しつつ、16分のフレーズをなめらかに演奏するという、パッと聴いた印象以上には難しい演奏だ。
ドラムやベースも、例えば2Aで登場する16分のキックとベースのユニゾンは、良いグルーヴで演奏するのは容易くはない。良い演奏をするため、バンドみんなで頑張っていることがうかがえる。
「カンカンカンカン」と、ずっと鳴っているピアノのバッキングも印象的。彼らがピアノボーカルのバンドであることを感じさせてくれる。
曲全体のサウンド感は、一聴するとオーソドックスなロックアンサンブルにも聴こえるが、時おりキックが16の裏に入って来たりと、実はR&B/ソウルっぽい特徴も持っている。このあたりの要素は、他のロックバンドとは違う、彼らの個性が出ている部分といえそうだ。
おわりに
今回はOfficial髭男dismの「Pretender」という曲を分析した。普遍的な良さを持ち、洋楽的なルーツを感じさせつつも、時代を牽引するような新しさも兼ね備えた曲だ。
2ndシングルにしてこれだけのヒット曲を生み出してしまったのはすごい。これからが本当に楽しみなバンドだ。今後とも、彼らがどんな曲を送り届けてくれるのか注目したい。