気づけば10年以上も愛用している、Spectrasonicsのモンスターシンセ、Omnisphere。改めてその良さについて語ってみます。
目次
Omnisphereとは?
OmnisphereはSpectrasonics社からリリースされているソフトウェア・シンセサイザーだ。
公式動画
Spectrasonicの公式YouTubeチャンネルで、音の雰囲気や使い方が紹介されている。
Omnisphereの良いところ6つ
1. 音色のクオリティが抜群に高い
Omnisphereの音色は独創的であり、クオリティが高いものばかりだ。
Omnisphereを販売しているSpectrasonicsという会社は、前述のYouTube動画に登場する人物、Eric Persing(エリック・パーシング)さんが設立した会社だ。このエリックパーシングさんがスゴい人なのだ。
彼はかつてRolandのサウンドデザイナーとして、D-50やJD-800といった名機のプリセットを手掛けた。彼が作った音色はマイケル・ジャクソンを始めとした有名なミュージシャンの楽曲で使用されている。伝説的なサウンドデザイナーといってもいいくらいのお方だ。
エリック・パーシングさんが創り上げた音色が使える。これだけでもOmnisphereというシンセの価値は非常に高いものだといえる。
2. アイディアを与えてくれる
楽曲制作が終盤に差し掛かってきた、あるシーンを思い浮かべてみよう。
そんなとき、Omnisphereはあなたに確かなアイディアを与えてくれるだろう。シンプルなアンサンブルの楽曲に対して、楽曲のアイコンとなるような音色をトッピングするには最適なシンセだ。
音色のカテゴリを選んだり、キーワードを入力したりするだけで、優れた音色を届けてくれる。Omnisphereはあなたにとっての有能なマニピュレーターであり、アシスタントだ。
3. 音色を探しやすい
Omnisphereには膨大な数の音色が収録されているにも関わらず、音色は探しやすい。
- 奏法を選ぶ(ARP + BPM、Synth Poly、Textureなど)
- ムードやジャンルを選ぶ
- 音色が絞り込まれ、リストに表示される
この手順で音色を選ぶことが出来る。特に音色からインスピレーションを得たいときなどに、この探し方は便利だ。
4. 収録されているサウンドソースが豊富
Omnisphereは一般的なシンセのように、ノコギリ波や矩形波といったオシレーターの音色を鳴らすことができる。
しかし、それだけではなく
- 生楽器のサンプル
- 実機のアナログシンセのサンプル
を鳴らすこともできる。これらを含むサンプルベースの波形のことを、Omnisphereでは「サウンドソース」と呼ぶ。このおびただしい数のサウンドソースこそ、Omnisphereの価値そのものだと言っても過言ではない。
具体的には、
- アナログシンセ:Prophet-5、Oberheim OB-8など(Synthesizers > Analog Tonesカテゴリ)
- 生楽器:ストリングス、ギターなど(Traditionalカテゴリ)
- 民族楽器:カリンバ、シタールなど(Traditional > World Instrumentsカテゴリ)
こういったサンプルが収録されている。参考までに生楽器系のサウンドソースを中心に用いたデモ音源を用意してみた。
Mellotron Flute → Classic Nylon Guitar → Strat JC-120 → Prohpet Padの順で流れる。どれもオーガニックで心地よい音をしている。
サウンドソースの総数は、なんと5,439種類!※Spectrasonicsのサイトでリストが公開されている。
SOUNDSOURCES (5,439 Soundsources)
これらをフィルターに通したり、エフェクトを掛けたりすることで、音作りをすることが出来る仕組みだ。このあたりの設計は、2000年頃の国産のシンセ(MOTIF・Fantom等)に通じるところもあり、伝統的なPCMサウンドを作るのにもうってつけ。
5. 実機アナログシンセのサンプルも収録されている
Omnisphereのサウンドソースの中で特に魅力的なのが、Oberheim OB-8、Prophet-5といった実機アナログシンセのサンプルだ。
これらの名作シンセは、どれも1960~1980年代に発売されている。このような普遍的な音色は、時を経ても古くなりにくいという性質がある。
初代Omnisphereがリリースされたのは2008年で、2015年にOmnisphere 2がリリースされた。2020年代の現在でさえ、第一線で使える音色ばかりだと感じる。
参考までに、「OB-8 PWM Big Strings」のサウンドソースを使ったデモ音源を用意した。80sっぽい雰囲気を持った、心地よいシンセの音色だ。
6. 音作りがしやすい
Omnisphereも多くのシンセと同じように、オシレーターやサウンドソースを、フィルターやエンベロープに通すことで音作りが行われている。その際にフィルターやエンベロープの設定を調整する必要があるわけだが、各種パラメーターの操作はしやすい。通常のシンセに期待されるであろう機能が、十分に備わっているといえる。
Omnisphereの注意点2つ
1. 起動が遅い
Omnisphereは起動が遅い。特に初回の起動には4~5秒はかかる。爆速で立ち上がるSylenth1や、比較的高速で立ち上がるSerumと比較すると、起動の遅さは非常に気になってしまう。
そのため、例えばシンプルなパッドや矩形波のシーケンスを鳴らす場合などは、わざわざOmnisphereを起動していては大幅なタイムロスとなってしまう。
僕はかつて、シンプルな音色でも、Omnisphereで鳴らしていた時期がある。Omnisphere初代の頃はまだ起動も速かったので問題はなかった。しかしOmnisphere 2からは、起動の遅さにだいぶストレスが溜まるようになってしまった。
そこで、次のように役割分担をすることを提案したい。
- ベーシックな音色:SerumやSylenth1等、他のシンセに任せる
- 不確定な要素を含む音色や、アルペジエーター等の「飛び道具的な音色」:Omnisphereに任せる
Omnisphereをこのように位置づければ、楽曲制作の効率もアップするだろう。
なお、Omnisphereは音色によっては大きなサイズのサンプルを使っている。ライブラリはSSDにインストールするのがオススメだ。
2. 音色数が非常に多い
Omnisphereは音色数が非常に多い。これは長所でもあるが、短所でもある。
前述の言葉を再掲するが、途中まで出来上がっている楽曲にプラスアルファとなる「何か」を入れる際には、Omnisphereの持つこの性質は非常に役に立ってくれるだろう。
一方で、これから楽曲を作っていこう!という時に、「シンプルな音色が探しづらい」というのはマイナスポイントでもある。
考察:Omnisphereと各ジャンルの相性
相性が良いジャンル
どんな楽曲でもそつなくこなせるOmnisphereだが、特に相性が良いジャンルを挙げてみたい。
1. アンビエント
アンビエント系の音楽は、Omnisphereと最も相性が良いジャンルの一つだ。
浮遊感のあるパッド・シーケンス・FX……これらの音色が使い切れないほど収録されている。それらのサウンドは質・量ともに優れている。
アンビエント系の音楽を作りたい人で、Omnisphereを持っていない人は、迷わずに買ってOKだと思う。
2. ゆったりしたテンポの曲
BPMが100を下回るような音楽も、Omnisphereとの相性が良い。ローファイヒップホップ、トラップ、ポップ系バラードなどが挙げられるだろう。
- 音を白玉で伸ばしながら、徐々に音色に変化がついていくようなパッド
- 柔らかい質感のシーケンス
こういったOmnisphereが得意とする音色を、楽曲に取り入れることができる。
相性が良くないジャンル
Omnisphereとの相性がそこまで良くないジャンルは、意外と多くある。10年以上使ってきたからこそ分かる、Omnisphereの不得意分野となるジャンルを4つ挙げてみたい。
1. コードチェンジが頻繁な曲
Omnisphereの得意技の一つは、鍵盤を押さえっぱなしにすることで、シーケンス/アルペジエーター的な演奏を行うことだ。
しかし、コードチェンジが多く、途中でセカンダリードミナントやディミニッシュを挟んだり、部分転調的なツーファイブを挟んだりするような曲の場合、こういう「自動演奏系のプリセット」を鳴らすと、コードと合わない部分が出てきてしまう。
そういったわけで、コードチェンジが頻繁な曲の場合「ちょっとOmnisphereの本領発揮とは行かないなぁ……」と感じることは多い。
2. BPMが速い曲/キメが多い曲
Omnisphereには立ち上がりがゆったりした、マイルドな音色が多い。一方で、BPMが速い曲やキメが多い曲の場合、アタック感のある音色が求められることも多く、フワッとしたOmnisphereの音色は合わない。
パッド系の役割で良ければOmnisphereでも十分こなせるし、もちろん立ち上がりの速い音色も収録されている。だけど、シンセサイザーの刻みがアンサンブルを牽引するようなタイプの楽曲では、素直に他のシンセを使ったほうが良いと思う。
3. 派手な音が求められる曲
「高域まで伸びた刺激的な音」が欲しい場合は、Omnisphereよりも他のシンセを使ったほうが良い。
なぜなら、Omnisphereの魅力はオシレーターよりも、実機のアナログシンセや生楽器から採取した「サンプル」にあるからだ。オシレータをフィルターに通し、FM変調を掛けて派手にする……といった音作りをしたい場合は、SerumやAvengerを使ったほうが、より派手な音に仕上げやすい。
例えば、日本で「デジロック」と称されるタイプの音楽をやる場合。具体的には、歪んだギターが轟音を鳴らし、ドラムがラウドな演奏をし、その中にシンセを入れるようなケースを想像してみたい。
シンセに対して、「パッド的な役割」以上の役割が求められる場合は、僕ならOmnisphereではなく、Serumを使うだろう。
4. J-POP(※例外あり)
J-POPは様々な音楽的要素を含むジャンルだ。そのため、一概に「〇〇という音源とJ-POPの相性は良くない」などと、断言することは不可能だ。
だけど、J-POPという音楽は、次のような特徴を持つことが多いのも事実だ。
- 登場するコードの種類が多い
- しばし複雑なコード(4和音+テンション等)が登場する
- 転調することが多い(部分転調含む)
- BPMが速い/キメが多い
上記のような特徴を持つ楽曲の場合、前述の理由により、Omnisphereが本領発揮しないケースは出てくる。
僕も実際に日本的なポップスを作る際、Omnisphereを鳴らしてはみたものの、「これならSylenth1とかで自分で音を作ったほうが合いそうだな」と思った場面は多々ある。
もっともシンセパッドを鳴らしたり、シーケンスフレーズを鳴らしたりするケース――いわばシンセに「背景の役割」が求められる場面――においては、Omnisphereも十二分に良い仕事をしてくれる。このことはきちんと補足しておきたい。
おわりに
音楽制作歴が長くなってくると、「作りたい音色」というものが明確になってくるため、自分で音色を作りやすいタイプのシンセ(Serum等)を使うことが多くなる。
しかし、楽曲に何かアイディアを取り入れるためにOmnisphereを起動してみると、そのプリセットの質の高さに驚かされることは多い。
クリエイティブなインスピレーションを与えてくれるシンセとして、Omnisphereの右に出る者はいない。