モニタースピーカーをじっくり比較試聴する機会があったので、そのときの感想を記事にしてみる。
目次
なぜ7インチクラスで比較するのか?
高品質なミキシングを行うためには、
- 低域の棲み分け(ベースとキックの低域が被らないようにする)
- 低域の量感調整(どれだけローを多く出すか)
を適切に行う必要がある。そのためには、低域を正確にモニターできる環境が必要だ。
さらに、ミキシング以前の「アレンジ」や「曲作り」の段階でさえ、低域を正確にモニターできる環境があったほうが有利だ。低域がきちんと分からないようなモニターだと、キックやベースの音作り/音選びが難しくなるからだ。
低域の確認をするためには、やはりある程度口径の大きいウーファーを搭載しているスピーカーが必要。5インチクラス以下だと、低域の量感を確認するのはけっこう難しいと思う。GENELEC製品のように、小さいサイズでも低域を確認しやすいスピーカーはあるが、やはり根本的な「低域の鳴り具合」はウーファーのサイズで決まる。
今となっては「全然低域が出ない」と言われがちなかつての名器「YAMAHA NS-10M」だって、(現代のモニタースピーカーとは設計が違うにせよ)ウーファーは7インチ程度はある。というわけで、当記事では7インチクラスのスピーカーをオススメしたい。
なお、7インチクラスといっても、実際はウーファーのサイズは6.5インチ程度なことも多いので注意。
各種スピーカーの比較
Focal Shape 65
まずNightflyを試聴。解像度が高く、バランスの良い出音。しかし、EDM系の4つ打ちダンスミュージックを再生してみたところ、低域がボヤけてしまっていた。
※Nightfly:Donald Fagenの作品。スピーカー試聴のリファレンスで使われる超定番の音楽CD。⇒Nightfly/Donald Fagen
バンド、オーケストラなど、生音系の音楽を作る人には良さそう。ダンスミュージックを作るなら他を選ぶのが無難か。Nightflyを聴いたときの印象が良かっただけに、EDMに関しては、ルームチューニングを追い込んだ環境でも聴いてみたいと感じた。
YAMAHA HS7
EDM、Nightflyともに、バランスの良い出音。どんな音楽でも破綻することなく、そつなく再生してくれる印象。解像度が抜群に高いわけでもないし、面白みのある音でもない。だけど、「正確に音をモニターする」というモニタースピーカーの目的は十分果たしている。実にYAMAHAらしい出音だなと思った。
個人的には同社のMSP7がイチオシなのだが、すでに生産完了。今、YAMAHAから選ぶならHS7になりそうだ。コストパフォーマンスは驚異的だと思うし、国産製品を選ぶメリットも確かにあると感じた。
ADAM A7X
解像度が高くて色気のある音。特に高域の伸びが素晴らしく、リボンツイーターの性質が存分に発揮されていると感じた。高域が特徴的であるにせよ、帯域バランスは良く、あくまでもフラットな出音。低域にも余裕があり、サブベースやサブキックの帯域まで問題なく再生できる。Nightfly、EDMともに問題なく表現できていて、どんなジャンルでも破綻なく再生できそうな雰囲気。
後日、ルームチューニングされたお店で聴いたが、そのときも同じ印象だった。上下のレンジが広く、その分中域は薄めだけど分かりづらいわけではない。他の中域寄りなモニターに比べればわずかにドンシャリという表現もできるかもしれないが、基本的にはフラットな出音だといえる。定位感も良い。
後述のGENELEC 8030CPと比較すると、こちらのほうがローエンドまで確認しやすいと感じた。※ウーファーの口径が違うので自然なことだが。
※現在では、A7Xの後継機種A7Vがリリースされている。
ADAM S2V
ルームチューニングされたお店で聴いた。ADAM A7Xと比較して、中域がはっきりと聴こえるように感じた。バランスもよく、解像度も高い。A7Xのグレードを上げたような印象で、確かに良いのだが、価格が高額。
きちんと施工されたわけではない部屋で鳴らすことを考えると、値段分の差は出てこないような気もするし、かえってA7Xのコストパフォーマンスの高さが魅力的に映った。
GENELEC 8030CP
GENELEC 8030CPは5インチのスピーカーだが、低域がきちんと出る傾向にあるので今回取り上げる。
初回の試聴時には、最も印象が良いモニターだった。Nightfly、EDMともに問題なく再生できていたし、解像度も高く、非常にバランスの良い出音だと感じた。
後日、ルームチューニングされたお店で聴いたが、おおむね印象は同じ。解像度が高く、定位感が良い。バランスの良い出音。高域はADAM A7Xほど伸びていないが、その点はADAMの特徴ともいえるので、帯域バランス的にはむしろこっちがフラットだといえそう。低域の押し出し感がハッキリしているので、4つ打ち曲のキックの質感とかは確認しやすそう。
ただし、やはり5インチということもあってか、「ワンサイズ小さめな音」に聴こえることがあった。ローエンドはA7Xのほうが下まで確認できる。きちんとルームチューニングを追い込んだ部屋で聴いた場合、場合によっては低域が少し物足りなく聴こえる可能性はありそう。
とはいえ、やはり他社の5インチよりは断然低域のモニタリングはしやすいし、少なくとも低域が足りなくて困るようなことはないはず。値段と品質のバランスは優れていると思う。
GENELEC 8040BPM
昔ADAM A7XやYAMAHA MSP7と比較したときには、ダントツで良いモニターだと感じた。解像度も定位感も抜群にいいし、値段が高いだけあるなと。
ただ、それからしばらく経って他のモニターとまとめて試聴したときは、実はそれほど良く聴こえなかった。基本的なキャラクターは8030CPと同じなのだが、低音が盛ってある印象だった。とはいえ、その店はルームチューニングがされていなかったし、スピーカーはただ棚においてあるだけ。壁にベタ付けなせいで低域が増幅されていたのでは……という懸念が拭えず、実際にデモ機をお借りして自宅で使用してみることにした。
数日間使用してみたところ、やはり抜群にクオリティの高いモニターであると再認識できた。ペア10万円弱程度のモニターと比べると、解像度・定位感・奥行き・レンジの広さ、どの要素も圧倒的。きめ細やかな出音をしていて、立体的な音像を体験できる。EDM、ロック、ジャズ、オーケストラ、ポップス、どんなジャンルの音楽も高品質に聴かせてくれる。
今まで聴こえなかったローエンドの帯域まで分かるようになったのも嬉しい。同じEDMのキックでも、曲によって超低域の質感がそれぞれ違うことがよく分かる。
きちんとスタンドに載せてセッティングしてみたところ、お店で聴いたときのような不自然な低域の膨らみはなかった。ただそれでも、壁からそれほど距離を離せないということもあって、少し低域を減らしたいと感じたのだが、それもトーンコントロールスイッチで問題なく補正できるレベルだった。
ウーファーは6.5インチだが、他社の同口径のスピーカーと比較して、よりハッキリと低域が出てくれる印象がある。とはいえ、トーンコントロールによるモニターチューニングの自由度が高い分、低音が出すぎて困るということはなさそうだ。
GENELECのモニターはサイズ感以上に低域がきちんと出る傾向がある。だけど、「8030を選んだら低域が足りなかった」という意見もしばし見受けられる。なのでGENELECのモニタースピーカーを買う際も、やはり冒頭の方針通り、7インチクラスである8040を選ぶのがベターだと感じた。
僕の結論:GENELECが良さそう
やはりADAMとGENELECは世界中で高評価を得ているだけあって、どちらもクオリティが高いモニターだと感じた。
で、ADAMとGENELEC、どっちを選ぶか?という話。どちらも良いモニターなのは間違いないし、もう好みの世界になってくるのだが、僕としてはGENELECがいいかなと思う。
以下でその理由について書いてみる。
中域の分かりやすさ
ADAM A7Xは高域の伸びは優秀だけど、中域の分かりやすさはGENELECのほうが上だと感じた。実際にミックス作業をする上では中域について考えることのほうが多いし、GENELECのキャラクターのほうが僕にとっては作業しやすいように感じる。
充実したトーンコントロール
GENELEC製品に共通していえることだが、本体のトーンコントロール(EQ補正機能)が他の機種よりも充実している。
- ローカット
- ローシェルビング
- 160Hzカット
- ハイシェルビング
この4つを駆使すれば、割とどんな環境でも対応できるような気がする。
グリルで保護されている
地震大国である日本で使うことを考えると、ユニットに保護グリルが付いているという設計は、精神衛生上良いのではないだろうか。
音響的に最適化された金属グリルが、苛酷な環境下においてもモニターをダメージからしっかり守ります。
出音の割に、サイズがコンパクト
最近の7インチモニターは筐体のサイズが大きく、スピーカースタンドに載せるとはみ出してしまいがち。
なんとなくADAM A7Xにピッタリ合うスピカースタンドを探していたのだが、なかなか見つけることができなかった。例えばREQSTのスタンドは定番だが、A7Xを載せると少しはみ出してしまう。
多少はみ出しても問題ないかもしれないが、見た目を考えるなら天板に収めたいところ。GENELECなら8030も8040も、大体のスタンドに収まる。コンパクトな設計なのは嬉しいポイントだ。GENELECのスピーカーは形が丸みを帯びていて、視覚的な圧迫感が少ないのも魅力。
GENELEC SAMシステムについての私見
余談だが、GENELECの「SAMシステム」についても私見を述べておきたい。
SAMシステムとは、最近のGENELEC製品に搭載されている音場補正システムのことだ。部屋の音響特性を専用マイクで測定し、その特性に合わせたEQ補正を自動で行ってくれるというもので、部屋の音響特性に左右されない安定したモニタリング環境を実現できる。DSPを使っているので補正機能を使っている最中にソフトウェアを起動しておく必要もない。
従来の2wayタイプのモニターだけではなく、8331Aや8341A等、最新の同軸タイプのモニターにもこの機能は搭載されている。
このSAMシステム、確かに魅力的ではあるのだが、正直割高と感じる。GLM補正キットは5万円くらいするため、トータルで10万円以上の差が出てくることになる。これだけの費用があるなら、吸音材も買えるし、他社の音場補正ソフトを導入したりもできる。
また、僕が調べた限り、DSPを通過しない形で音を聴くことはできなさそうな雰囲気だ(確定情報ではないが)。
The delay in the analogue input is fixed to about 4 ms.
ミキシングやレコーディングなどのエンジニアリング用途オンリーなら、DSPで常時補正できるというのは便利だろう。しかし、作曲や演奏のモニタリングでも使う以上、一律で4msのレイテンシーが発生するのは微妙。
日本ではSAMシステムのレイテンシーに関して言及しているトピックは見当たらなかったが、海外ではこれを懸念している人もいる。
I really hope the additional latency of 5ms from the 8351 is n0t something that wil get in the way during producing/composing...probably not. I guess thats the concession one must make to experience the benefits of "realtime" DSP room correction.
「この5msというレイテインシーが、作曲の支障にならないといいなぁ……多分ならないと思うけど。リアルタイム補正の恩恵を受けるには、ある程度譲歩しなきゃいけないよね」的な内容。
個人的には、SAMで補正するくらいなら、Sonarworks Reference 4のようなソフトウェアで補正したい。好きなときにオンオフできるほうが魅力的だし、コストも安いしで、そのほうがいい。
それにもし将来、Sonarworksが超進化を遂げ、SAMシステムを超えるような品質になったら、SAMシステム自体が陳腐化する可能性も出てくるのだ。末永く使うためにも、モニタースピーカーはなるべくアナログの要素のみで構成しておきたい。これが僕の考えだ。
そんなわけで、モニタースピーカーをGENELECから選ぶ場合でも、ひとまずはSAM無しで考えていいんじゃないかと思う。
おわりに
GENELECのモニターは音楽の世界だけでなく、放送業界でも多く使われている。製品が世界中で普及しているのにはそれだけの理由があるのだと、今回の比較試聴で実感することができた。
なんだかGENELECの宣伝みたいになってしまったが、どのメーカーのモニタースピーカーにもそれぞれ良さがあるので、試聴して気に入ったものを買いましょう。